芸大・美大・美術系高校受験予備校|高崎美術学院

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タカビOG・OB訪問‖Interview‖《デザインの現場》

《デザインの現場》session1-コミュニケーションとしてのデザイン-

デザインの現場
パネリスト
田村 吾郎(アートディレクター・RamAir.LLC代表)
戸塚 香里(武蔵野美術大学視覚伝達デザイン4年生)
田中 辰秀(彫刻家・高崎美術学院彫刻科主任講師)

田中(司会): 本日は高崎美術学院デザイン・工芸科OG・OBであり、それぞれの立場でご活躍されている戸塚香里さんと田村吾郎さんに《職業としてのデザインとは》について具体的にお話を伺いたいと思っています。よろしくお願いします。

田村: よろしくお願いします。

戸塚: よろしくお願いします。

田中: まず「デザイン」という言葉が抱える職種は、非常に広いですね。ゆえに高校生が知り得るデザインの仕事いうと、イラストレーターとかウェブデザイナーとか一定のイメージはあるかもしれませんが、実際の現場で何が行われているかというと、ひとつヴェールに包まれている感じがします。デザインの現場ではどのようなスキルが要求されるのか、また、芸大・美大のデザイン科の授業はそれに対してどのようにアプローチをしているのか、その辺をお伺いしたいと思っています。

田村: リアルなデザインとは何か、というとつまり「妥協」ですかね(笑)。というのはダメなの?(笑)あまりかっこいい話じゃないので今のはやめて〜。何かって言うと、いろんな話がありますよね。考える系図と階層によって答えっていろいろあると思うんだけど、まあ「妥協」と言うのもある意味では的を射た回答だと思います。まあ、あまりにも若者に向けてのメッセージとしては貧相な感じがするんですが…。

田中: 美談としてのデザインと、現実というか戦いとしてのデザインっていうのはやはり相違があるということ…。

田村: そうですね、やはりアートとの違いっていう意味では、コミュニケーション性が非常に高いということですね。コミュニケーション性が高いっていうのは、意味としてはふたつあって、ひとつはインターフェースとしての表現。デザインというものが、例えばユーザーインターフェース的なものもあれば、アフォーダンスもある、そういう意味でのコミュニケーションのツールであるという意味合い。もうひとつはプロセスが決定的に違うということ。ファインアートとではその部分に相違があるなと思います。

田中: ファインアートの立場からはその辺を知りたいです。

田村: 例えば、絵画の個展やりました…それで仮にね、来場者が1000人来たとする。その1000人のうち990人が「こんなんは全然だめだね」と言ったとしても10人が「素晴らしいよこの絵は!」と買ってくれる。それでもう完全に成立するじゃないですか。

田中: はい。

田村: でもデザインは決定的に違う。特にマス向けの広告などはまさにそうではないですか。そういった意味ではやはり「主体はデザインじゃなくてコミュニケーションである」というのが前提であって、プロセスにおいてストックホルダー(利害関係者)が多い。まずクライアントがいて、プロデューサーがいて、制作側がいて、それぞれの利害というのが、単純に金銭的な利害だけではなくて、そこでは様々な関係が生じます。例えば今やっているNHKの仕事とかでは、技術系の人はこう言う、プロデューサーはこう言う、例えば予算的な話だったりとか。今回の案件ではなくて、長期的なというか次の案件を見越してこうやりたいっていうのもありますし、そのような中で最適な解を導きだすというのももちろんそうなんだけれども、そこでその価値基準っていうのはどういうものなのかを想像しながらデザイナーも提案をしなきゃいけない。その意味で総合的に階層を繋げていって関係性というのを俯瞰して見られるかどうかっていうのが重要です。

田中: それを総じてコミュニケーション能力。

田村: そうです。それで、同じことを達成しようとしたとしても、クライアントに対してはこう言う説明をする。現場の人に対してはこういう説明をする。プロデューサーに対してはこういう説明をする。というふうに全部違う説明をしないと行けない部分もあります。「おそらく彼はこの案件に対してこういうアプローチで臨みたい。こういう成果をもたらしたい」というのがそれぞれ違うので、それを想像した上で彼に対してこう語る。ということをやっていかなければならないから、その意味でのコミュニケーション能力がないと全然ダメですよね。

戸塚: デザインでコミュニケーションとなると伝え方ばっかり考えがちなんですけど、「伝え方」じゃなくて「伝わり方」というか、相手にどう伝わったかを見越した上で投げていかないと、うまくコミュニケーションは成立していかないとも思いますね。

田中: そういう俯瞰性なりコミュニケーション能力の重要性はわかりました。では芸術大学、美術大学で学んだであろうエステティックというか美的なセンスはそこでどのように発揮されるのですか?

田村: 別にそれは、発揮しようと思う必要は…。

田中: 無い?

田村: あんまり無いというか、それを発揮しなきゃいけないと思うと、なんかうまくいかないですよね。

戸塚: そうかもしれもせんね。

田村: それはもう仕事をしてゆく中で身体化されるというか。絵画とかもそうではないですか、上手く描こうと思っているだけでは描いても上手く描けない。ずっと描き続けていて、いつの間にか反射みたいな感じで、いわば身体化したものが何かの拍子でひゅっと出るというか。それぐらいに考えとかないと、それこそ「俺、デザインだからかっこいいものつくんなきゃ」っていう姿勢で臨むと「かっこよくなきゃいけない、かっこよくなきゃいけない」みたいな感じになって、本質をどんどん外すというかね。

田中: なるほど

田村: 本来仕事っていうのは、別に「僕のかっこいいもの」を表現する為にしてるわけじゃないんで、基本的にはクライアントの要望があって、それをマーケットと結びつける為のデザインをやるわけなんで、そこで自我を出そうと思うと本末転倒なんですよ。

田中: それは意外ですね。

田村: というのも僕は、デザインとかいってるけどデザイナーじゃないから。

田中: アートディレクター。

田村: アートディレクターだから特にそうなのだと思います。現場のデザイナーというのはそれと多分少し違って、彼らももちろん「コミュニケーション、コミュニケーション」って言ってるけれども、それでもディレクターとかに比べると職人気質です。やはり、一枚のグラフィックをいかに美しくするか、文字をいかに美しく組むか、色をいかに美しく印刷にのせるかという、そういう部分においては彼らはこだわってもらわなきゃ困るわけですが、そのこだわりばかりだとやっぱり仕事にならない部分もある。

田中: アートディレクターはそういう交通整理が出来る能力が必要、ということですね。

田村: そればかりですよ。利害の調整ばっかり(笑)。

田中: ちなみに戸塚さんは今度就職が内定した会社ではそのような仕事をしていく訳ですか?

戸塚: そうですね、最初は多分専門的な現場のデザインとかをやっていくと思うんですけど、最終的には上の立場に立つ、ディレクターとかそういう職種になってゆくと思います。

田中: 企画、立案。

戸塚: そうなると思います。デザインというか、私の場合広告寄りの仕事だからかもしれないんですけど、やはり整理整頓していくことがデザインだと思うんですよ。物事がごちゃごちゃっと散らかってる状態だと何が必要でどれが不必要なのか、すごいわかりづらいんですけど、全部要点を洗い出して要素をまとめていくと、本当は大切なのはこれだったけどこれがあるから目立ってない。こっちを捨てることによって、この一番重要な要素が目立ってくるみたいな。そういうことが、本来のデザインのような気がしています。

田村: そうですよね。なんかそこがある意味ではアートとちょっと違うんじゃないかっていうか。アートって何となく、ゼロからつくり出してるイメージが僕の中にはあるんですよね。

田中: まあそれだけなんですけどね(笑)。

田村: だけどデザインというのはむしろ逆で、何も無いところからなにかをつくり出していくっていうよりは、さっき戸塚さんも言った通り、ぐちゃぐちゃな状況から何を選び出すか…みたいなね。どれだけ捨てられるかみたいな話だと思います


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